このブログは、倉敷チボリ公園の物語を一人でも多くの人に伝えるために作りました。
閉園してしまった倉敷チボリ公園が救われるには、
地主のクラボウさんが
(岡山県の支配から脱出した今なら実現することができる)
ちゃんとした民間企業の運営によるチボリの存続こそ、
一番成功の可能性が高い“新たな開発”であることに気づき、
自ら運営してチボリを再生することを決意してくれるか、
チボリを運営する後継企業をしてくれるか、そのどちらかしかありません。
かぎりなくゼロに近いそれらの可能性を少しでも大きくするには、
少しでも多くの人が倉敷チボリ公園の存続を望んでくれることが必要です。
「チボリバルーンの物語」を伝えるのは、そのためです。
倉敷チボリ公園を救いたい人も、
倉敷チボリ公園のことを多くの人に伝えて最後を盛りあげたいと思う人も、
一人でも多くの人に「チボリバルーンの物語」を伝えてもらえるとうれしいです。
物語をコピーして、メールでリレーしてくれてもいいですし、
このブログ、あるいは、伝えたい物語のページのURLを伝えてくれてもいいです。
物語は、このブログの中にあるどの物語を伝えてくれてもいいです。
(と言っても、「<仮説>「チボタンとチボリンのブルース」というカテゴリの中のチボタンたちについての“仮説”は、伝えても効果がないと思いますが)
また、もしよかったら、自分でオリジナルの「思い出のチボリバルーン」のつづきを考えたり、メッセージを書き添えたりするなど、思い通りにアレンジして伝えてください。
携帯でリレーしやすいように編集したり、
携帯用にケータイ小説的なサイトを作ってくれるとすごくうれしいです。
なお、以前にやっていた物語やメッセージ、"I LOV' IT"の募集は終了しました。
自分の物語やメッセージ、"I LOV'IT"を知り合い以外の多くの人に伝えたいと思う人は、自分のブログで紹介したり、自分でブログを作ってもらえたらうれしいと思います。
また、その自分のブログの中で、物語やメッセージなどを募集するプロジェクトを受け継いでもらえるともっとうれしいです。
その場合、もし必要だったら、このブログを全部コピーしてもっていってくれても、かまいません。
【更新情報】
NEW!2009/1/2 閉園を受け、内容の一部をリニューアル
2008/12/13 最後の願いをこめ、内容をリニューアル
- 2009/01/01(木) 00:57:17|
- はじめに
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アンデルセンが物語の構想を練ったというチボリ公園の魂を受け継ぐ倉敷チボリ公園を、
物語の力で救いましょう!
もしよかったら、「思い出のチボリバルーン」の物語をリレーしてください。
[ACTION!]の続きを読むテーマ:あなたにつづく物語 - ジャンル:小説・文学
- 2009/01/01(木) 00:55:38|
- ACTION!
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「チボリ=TIVOLI」を逆から読むと「I LOV IT→I LOV' IT=I LOVE IT」になります。
「チボリのそれが好き=私の好きなものは必ずそこにある」という意味だそうです。
物語を伝える時、自分の「チボリのそれが好き」も一緒に伝えませんか?
[TIVOLI, I LOV' IT]の続きを読むテーマ:旅行情報 - ジャンル:旅行
- 2009/01/01(木) 00:45:53|
- We love TIVOLI, I LOV' IT
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倉敷チボリ公園で、
かつて「ハンスの冒険」に感動した人、最近「アンデルセンと仲間たち」に感動した人へ
※
どちらも知らない人は、「アンデルセンと仲間たち」の動画を見て、
つづきへ進むかどうかを決めててもらえるとうれしいです。
http://zoome.jp/usj/diary/99/※※
「ハンスの冒険」については、
http://hans.seesaa.net/article/40686101.htmlからハンスたちの出ているインターネット・ラジオを聴いてみてください。
[「ハンスの冒険」の仲間たち、「アンデルセンと仲間たち」の友達へ]の続きを読むテーマ:あなたにつづく物語 - ジャンル:小説・文学
- 2008/12/31(水) 23:59:00|
- はじめに
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このブログで紹介している
「思い出のチボリバルーン」という話ですが・・・
救いようがない「つづき」があったことがわかりました。
2000年12月に生まれたこのエピソードは・・・
その後、主人公親子が乗った飛行機を運行していた日本エアコミューターの親会社であるJASの褒章制度のGOODSPEED賞を受賞したり・・・
2007年1月に発売されたANA(全日空)について書かれた「絆の翼」という本でも「よみがえったチボリバルーン―少女の涙を笑顔に変えた空港スタッフの想い」として紹介されたりしていました。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4478082588.html なぜ旧JAS(今はJALと合併しています)で賞をもらった話がANAの本で紹介されたのか?
それは、その話に出て来る「岡山空港のお姉さん」が、旧JASの人でもANAの人でもなかったからでした。
彼女は、ANAの岡山空港でのハンドリングを請け負っている岡山の両備バスという会社の人だったのです。
そして、その「両備バスのお姉さん」がANAの制服を着たまま、日本エアコミューター便のハンドリングも行っていたそうです。
(話がややこしいんですが、倉敷チボリ公園の社員の人、チボリ・エンターティナーの人が、リストラのため「一人三役」とかいっていろいろやっているようなものでしょうか・・・?
微妙に違っている気もしますが)
で、
「“両備バスのお姉さん”のおかげで、ANAもJASもいいことができてよかったね。岡山県やチボリもこの話のおかげでイメージがよくなってよかったね」
という話になっていればよかったのですが・・・。
そのANAの本について、「旧JASの美談が、ANAの美談にすりかえられている」として、旧JASと合併したJALが不快感を示していたというのが、現実世界におけるこの話のつづきです。
要するに、この話をJALとANAが奪い合っていたようなんです。
それを伝えた週刊誌によると、主人公の女の子のお母さんは・・・
「親切にしてくれたのは両備バスの方で、乗った飛行機は日本エアコミューター(旧JASの子会社)」
と語っていたらしく、娘さんにも、
「この本は読まなくていい」
と言ったそうです。
岡山空港のお姉さんが守り、救ってくれた親子の大切な思い出は、汚され、傷ついてしまったようです。
※情報源
「JALとANAが美談の奪い合い 」(benkei~the Today~さん)
http://blogs.yahoo.co.jp/benkei_777/31152889.html
「keiko-web総合掲示板」さんへの書き込み
http://www.keiko-web.com/cgi//////wforum.cgi?mode=allread&no=1482&page=280
(今、メンテナンスとかで見れなくなっていますが、上のURLのブログで書かれている雑誌が「週刊文春」2007年4月12日号であるらしいことがこちらの掲示板の書き込みから判明しています)しかも、今度はチボリバルーンどころか、倉敷チボリ公園そのものが閉園になってしぼんでしまうことが決まってしまいました。
以上の話を整理して、「思い出のチボリバルーン」のリアル・バージョンとして編集すると・・・
これは、鹿児島の小学1年生(女子)の作文から始まっています。
その一部を原文のまま紹介します。
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「思い出のチボリバルーン」
クリスマスに、くらしきのチボリこうえんにいきました。
わたしは、くらしきで生まれました。
だからくらしきには、わたしのおともだちがいます。
チボリこうえんには、ともだちと、ともだちのおかあさんと
わたしのおかあさん、おねえさんの6人でいきました。
一日たのしくすごし、よるに、みんなでかんらん車に
のりました。
かんらん車はとても大きくて、たかかったです。
かえりにチボリバルーンをかいました。
つぎの日、いよいよかえりのじかんがきたので、空こうに
いきました。 ひこうきにのるとき、
「ふうせんをそのままでは、もってかえれないよ」
といわれました。きあつのかんけいだそうです。
わたしは、かなしくてないてしまいました。
おかあさんもないていました。なぜかというと、わたしの
おとうさんは、7月にがんで天ごくにいってしまいました。
チボリこうえんは、わたしがひろしまけんのふく山にすんで
いたとき、おとうさんといっしょにいった、おもいでのばしょです。
だからわたしもおかあさんもチボリバルーンをしぼませるのが、
かなしかったのです。でもしぼませてもってかえってきました。
お正月に空こうのおねえさんからチボリバルーンが、
たっきゅうびんでおくられてきました。
はこからチボリバルーンを出すと、まっすぐ上にうかびました。
わたしは、とてもうれしかったです。
中には手がみもはいっていました。
「バルーンをしぼませてごめんね。また、ぜひおか山の
チボリこうえんにあそびにきて下さい。」とかいてありました。
わたしは、空こうのおねえさんにお手がみをかきました。
おれいのものもいっしょにいれました。
そのチボリバルーンは、おうちでいまもうかんでいます。
だから、大すきなおとうさんとのおもいでがこわれなくて
よかったです。おとうさんも天ごくから
「Aちゃん、よかったね。おねえさんはこころのきれいな、
やさしい人だね」
といっているかもしれません。おねえさんと、であえて
よいりょこうになりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
後日、この作文が小学校の担任の先生より岡山空港カウンター係
のもとに、感謝の手紙とともに送られてきました。
また校長先生からも
「作文を読み、感動して涙が止まりませんでした。
お父さんとの思い出を大切にしてくださった社員の皆さまに
大変感謝いたします。
人の心がとやかく言われる今の時代に、泣きじゃくる子供の気持ちの
裏の裏まで感じとり、公園まで行きバルーンを買い求めて遠くまで
届けてくださる、こんな優しい方がいらっしゃることに感動しました。」
とあり、学校中で作文が大きな反響を呼んだとのことでした。
「思い出のチボリバルーン」というこの話は、その後、この親子が乗った飛行機を運行していた会社の親会社であるJASの褒章制度のGOODSPEED賞を受賞しました。
また、ANA(全日空)について書かれた本の中でも紹介されるなどして、多くの人を感動させました。
しかし、少女にチボリバルーンを送ったお姉さんは、本当は旧JASの人でもANAの人でもなく、
ANAの岡山空港でのハンドリングを請け負っている岡山の両備バスという会社の人でした。
岡山空港では、その「両備バスのお姉さん」がANAの制服を着たまま、日本エアコミューター便のハンドリングも行っていたのです。
ANAの本でその話が紹介されたことについて、旧JASと合併したJALは「旧JASの美談が、ANAの美談にすりかえられている」と不快感を示しました。
女の子のお母さんは、
「親切にしてくれたのは両備バスの方で、乗った飛行機は日本エアコミューター(旧JASの子会社)」
と語り、少女に、
「この本は読まなくていい」
と言いました。
ちょうどその騒ぎが起きた頃・・・
倉敷チボリ公園は、デンマークのチボリ・インターナショナルとの契約更新をあきらめ、
2008年までしかチボリの名前を使えないことになってしまいました。
そして、それから1年数ヶ月後、倉敷チボリ公園は2008年いっぱいでの閉園が決まりました。
「思い出のチボリバルーン」は、ANAとJALによる美談の奪い合いによって汚され、
倉敷チボリ公園の閉園によってしぼませられようとしています・・・。となってしまうのですが・・・
この物語をこのまま、こんな終わりにしていいのでしょうか?
もし、あなたが何か行動を起こしてくれれば、少なくとも、
「その物語を読んで、天国のお父さんの代わりに女の子の思い出を守ろうと、倉敷チボリ公園の存続を求める行動を起こす人がいました。
たとえ、大切な思い出を汚され、傷つけられるようなことがあっても、倉敷チボリ公園がなくなったとしても、彼女のお父さんの愛は永遠だったのです」
というつづきを次のページに刻むことができます。
もしかすると、奇跡が起きて、
「その物語を読んで、天国のお父さんの代わりに、女の子の思い出を守ろうと、倉敷チボリ公園の存続を求める行動を起こした人たちによって、倉敷チボリ公園は救われました」
というハッピーエンドにできるかもしれません。
この物語をこのまま終わりにするのも、
つづきを始めるのも、
あなた次第です。
【チボリに未来を!~Give Tivoli A Chance!】
ACTION!
http://tivolistories.blog36.fc2.com/blog-entry-2.htmlACTION! 2
http://tivolistories.blog36.fc2.com/blog-entry-4.htmlラスト・アクション!
http://ameblo.jp/give-tivoli-a-chance/entry-10160123862.htmlKnockin' on Miracle's Door!~チボリにチャンスを!!
http://ameblo.jp/give-tivoli-a-chance/entry-10108871214.htmlテーマ:あなたにつづく物語 - ジャンル:小説・文学
- 2008/12/08(月) 06:40:08|
- 最後に
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